2012/07/07

とりとめの無い話



7月。七夕。

去年の夏辺りから、体調が悪くなって、睡眠時間や休息を優先した結果、blogを更新する回数がめっきり減ってしまった。
また、MobileMeのサービスが終了して、HP移行の準備が間に合わず、HPも閉鎖してしまった。HPはURLから制作し直さなくてはならない。


最近は、父と顔を合わせるたびに、吉田拓郎やフォーク、ロック、等の音楽についてや、当時の若者についての話を聞かされている。現代を生きる私としても、当時の若者が持つ、眼に見えない未来を見ようとする眼差しは、新鮮にさえ思える。
“今”を生きる為に舵をとる“今”の新しい奏者。
音楽、映像、映像の中の人、その時のままの人。時がたっても中の人は永遠に当時のまま変わらない。

ある小説家は「死んだ人間は永遠に死んだ時の歳のまま、永遠に歳を取らない」と言っていたな。
昨日合った20歳の女の子は「就職活動中で、やりたい事もないし、夢も希望も無いけど、地元に戻って来た。」と言った。
次にあった男の子は「まあ、とりあえず」と言った。
録音しようかと思った。


小学校の修学旅行で行った 原爆ドーム の資料館にあった、屈託の無い笑顔16歳のパイロットの青年。
スランス、イタリアの眼球の発達した男の子。
トルコの足の速い青年。
駅に住む少女。
ドイツの強制収容所を見学していた青年、少女。
パン・オ・ショコラを買う青年。
トイレに落書きする青年。
父親の為に煙草を欲しがる少女。
英語の参考書に書き込まれたドクロの落書きと鉄砲。
原発に反対してハンガーストライキをおこした日本の青年。


ビニール袋を頭からかぶって、息をしてみて、どんな行動を問うだろう。

ふと、文に残してみる。
とり と めの ない はなし



2012/04/23

知識の余白

春になり、通り抜ける風がくすぐったい。
やたら発色の良くなった外の景色は新たな息吹でいっぱいだ。
ピントの合わない眼に映る景色が鮮明に美しく感じるのは体感が加わり、質感を得ているからか?

間違えちゃ行けない。
似て非なる物。



やっぱり、高い氷山の一角を持っている方は、年齢を重ねるごとに氷山の裾野を広げていて、はっとさせられる。
一人の人間が歩んだ道中に獲得して来た経験や知識は、眼に見える一角だけでは計り知れない。


2012/03/05

とけるような

弦がはじけ合ってて、すごく美しいと感じる瞬間。
ビブラートが脳を揺らす。

やかんがカンカン鳴る。
教会のミサの歌声、天へ舞う天使達のモニュメント。
透き通る微かなステンドグラスからさす光に写りこみ、空を舞うチリ。
グレーがかった景色に光が反射して明滅する。

輝かしいパイプオルガンと額を地に着ける青年。
行交う人々。

変わらない様に見える窓枠の中が

とける


2012/02/26

鬼ノ城塾 会田誠さんワークショップ

iphone からタイトルを変更しようとしたら、本文が消えてしまった。。。

鬼ノ城塾という、2ヶ月に一回、著名な講師を迎えて行われているワークショップに参加してきました。
毎回魅力的な講師陣をお迎えして、トークやレクチャーを行っています。
今回の講師は会田誠さん。
23年度の塾の最後の講師です。
24年度の講師陣も決定して、鬼ノ城塾の今後がますます楽しみです。




近年、会田さんが各地で取り組まれているこちらの内容の小さいバージョンを作成します。
その他、会田さんの作品等についてのトークや懇親会もあり、その後の打ち上げにも参加させていただき、とても濃厚な一日となりました。
会田誠さん、鬼ノ城塾の皆様やお会いで来た皆様、ありがとうございました。

会田さんは丁寧に言葉を選んでそっと置いて行くので、私はそれをそっと拾い集めて見たり。
選択されつくした言葉の数々が頭をグルグル。
余り緊張しないはずが、緊張してしまった。

いつも、人の好意を与えられてばかりいて、感謝するばかりです。
私の様な何処かの誰かにまで、好意を頂けるのは、繰り返し、繋がり続ける意があるからだろうか?
何かをお返しできるほどのものを何も持ち合わせていない私だけれど、いつか、自分がお返しできる何かを持つ様になったら、恩に御礼できる様な行為を繋げて行きたいと思う。


2012/01/10

HANNA exhibition 献ぐる詞

個展行います。是非いらして下さい。


〒760-0051 香川県高松市南新町8-13
(高松市常磐町商店街内)
Tel. 087-887-0343
Fax. 087-887-0344


2012/01/04

新年あけましておめでとうございます。

2012年がいよいよ始まりました。
今年は年末から三日まで雑多事に巻き込まれるという、一年の始まりでしたが、どうにかこうにか、薫的さんで初詣を済まし、今年もありがたいお言葉を頂け、身を清める思いがしました。
大変なお正月でしたが、結果的に良いお正月を過ごせた様に思います。


今年も一心に歩んで行きます。
皆様、
どうぞよろしくお願い申し上げます。

2011/12/27

鮮やかさが増すまで

気がつけば今年もあとわずか。
ブログが1ヶ月も更新されていなかった。

週末に岡山でパリ時代からの友人と久々の再会をしてきたからか、最近良く聞くあの話題のせいからか、パリの夢を見た。
相変わらず、直線のない建物やレンガ、部屋なんかが妙に懐かしく、青い生まれたての生命力を残した空色を思い出した。
維持する事の不可能な曖昧なもので出来上がった夢だった。


最近は急に真冬らしくなって、冷えた風が進路を塞いでうまく前に進めない日が多い。
それでも、空は青いし、月は満ち欠けを繰り返す。
いつからか、まだまだバランスのとれない身体が、おもわずよたつき、悲痛な声を上げている。
ぎりぎりから脱出するはずが、行き過ぎて逆側に向かいそうだった。

もう少し微調整が必要なようだ。
流れ出した事柄に、遅くもなく早くもない速度で、慎重に、丁寧に、確実に寄り添って、歩みを進めなければね。

それでも、
ふと、見下ろした手の浮き出る血管は青く、血の気の戻った頬は赤い。
奥に流れる液はやがて鮮やかな赤に変わるだろう。

日常の呼吸を整えて、少しずつ調子を整えておきたい。

年が明けたら、そうも言っていられないのだから。



2011/11/15

窓は開けておこう


ここの所、眠りに吸い寄せられているからか、時間はもう待っていない。
なだれ込む様に床に伏せる。
あちこちが鈍い音を立ててる。
ぎりぎりはそう長くは続かないものだね。



外は雨。
窓は開けておいてね。ってあんまり言われるから、開けておくことにしようと思う。
近く 遠く 聞こえる
そう言われると、そんな気がして来た。

夜はまだ始まったばかりだ。

2011/11/14

ふらりと兵庫県立美術館

しばらく冬支度に入っていたのですが、兵庫県立美術館で行われていた榎忠展-美術館を野生化する-に行って来ました。
鉛 の質感。分解されたモノ達。


他にも神戸ビエンナーレ等いろいろ足を運びたかったのですが、運が噛み合ず断念。
こんな日は流れに身を任せて、逆境を楽しもうと思う。
流れに身を任せるのも悪くはないが、やすやすと聞こえる音楽に耳を傾けてはいけない。

足音が入れ替わり立ち代わり、遠くと近くが交互にやってくる。

神戸の町並みはきれいに整備されていて、港の方角を感じ取れる作りになっている事に関心しつつ、夕暮れの訪れがいつかと変わらない様に見える造りをまた認識してみる。


2011/10/15

ペテン師



とある邦画を観た。
この手の映画は全く観ないし、こういったたぐいの事柄はもっぱらの苦手科目だ。
関心事がひどく偏っているせいで、関わろうとはしない。

縁あって、観る事になったこの映画。
内容は知っていたが、この映画を観るのは初めてだった。

生きてる環境が違うだけで、人は見えてる物が違う。
感じ方も、考えている事も違う。
そんな事は解っていても、実際、人と人がそれぞれの尺度を交えたら、己の物差しで他者を計ってしまうものなのか。
それでも、どう推し量っても、他者の表情や言動の本心は解らないし、解ってもらえないものなのだろう。

その関係は不完全な虹の様に、全く別々の色が複雑に混じり合う事で存在しようとする。
各々の中でできた虹は色を交える事もなく消え去る。
各々がそれぞれの対価を欲して、交差する。
そして、やがて膝を交えることすら意味を持たずに消える。

それぞれの価値観で生まれた対価の価値。
いつのまにか、人と人はあれを当たり前に繰り替えし、当たり前にそれを営み、当たり前にあれらをトレードする。

現代に生きる者達の間では、そのような対価は当たり前に認められているのだろうか?
その価値観はどのように決定されていっているのだろうか?
それとも、本質的には今も昔も変わらないものなのだろうか?

そして、それらの対価を欲し続けるペテン師の涙は報われるのだろうか?