2011/10/15

ペテン師



とある邦画を観た。
この手の映画は全く観ないし、こういったたぐいの事柄はもっぱらの苦手科目だ。
関心事がひどく偏っているせいで、関わろうとはしない。

縁あって、観る事になったこの映画。
内容は知っていたが、この映画を観るのは初めてだった。

生きてる環境が違うだけで、人は見えてる物が違う。
感じ方も、考えている事も違う。
そんな事は解っていても、実際、人と人がそれぞれの尺度を交えたら、己の物差しで他者を計ってしまうものなのか。
それでも、どう推し量っても、他者の表情や言動の本心は解らないし、解ってもらえないものなのだろう。

その関係は不完全な虹の様に、全く別々の色が複雑に混じり合う事で存在しようとする。
各々の中でできた虹は色を交える事もなく消え去る。
各々がそれぞれの対価を欲して、交差する。
そして、やがて膝を交えることすら意味を持たずに消える。

それぞれの価値観で生まれた対価の価値。
いつのまにか、人と人はあれを当たり前に繰り替えし、当たり前にそれを営み、当たり前にあれらをトレードする。

現代に生きる者達の間では、そのような対価は当たり前に認められているのだろうか?
その価値観はどのように決定されていっているのだろうか?
それとも、本質的には今も昔も変わらないものなのだろうか?

そして、それらの対価を欲し続けるペテン師の涙は報われるのだろうか?