2014/01/19

贖罪



祖母がその犬を飼いだしたのは、あまりにも突然の事だった。
きちきちと整理された家のちょうど真ん中あたりに、小さなゲージまで用意した。
しかし、ほどなくしてあっけなくその犬を手放した。

行き先に困った犬は、仕方なく私の家に来た。
生後数ヶ月ほどのミニチュアピンシャで、名前はすでにあった
シッポを丸め、物音がするたびに、やたら頭に響く声で吠え続けた。

それでもどうにか、食事にありつく方法を身につけ、それなりに芸も覚えた。
ただ、臆病な性質は変わらず、四六時中、昼夜かまわず吠えまくった。

ある日、どういう好奇心にかられたのか、彼女は階段を登ってみせた。
彼女の視界に開けた、いつもと違う空間にカチャカチャと爪が床に刷れる音が弾んでいた。
そして、この新境地を一通り見て終え得て、階段の前まで来た時、その足音を止めた。
階段の角に片足の爪をかけてははずし、きゃんきゃん吠えた。

その音は、恐ろしく耳障りな声だった。

彼女の小さな冒険は何回も繰り返され、彼女は少し階段を降りる勇気を持ち始めていた。しかし、決まって階段の上できゃんきゃんと吠えた。
繰り返されるその行為はまるで進歩がないように見えた。
その度、やってきた手に助けられて、階段を降りなくてはならなかった。

その日、例の様に、階段の上で下に向かってめいいっぱい吠え続けた彼女は、ぐっとかがんでは跳ねた。
さらに激しく吠えては、固い床に爪を立てた。
その音は鳴り止みそうになかった。
やがて、気を動揺させた足に彼女の足が救われて、彼女は階段から転げ落ちた。
ぎゃいん。
悲痛な鳴き声が無情に響いた。

年をいくつか重ねた後、その犬は時おりのみ吠える事を許された。
もう階段を降りようと試みる事はない。

時々、読書をしている私の膝の上に乗って来て、片足で私の手をトントンとつつく。
私は彼女の首もとを撫でてあげる。
彼女はさらに体をすり寄せて、満足そうに、その身を私の膝の上に降す。