2010/11/04

破損した鏡




ここ数週間の膨大な量の仕事と格闘している間にいろいろな事がおきました。

その中の一つのお話。
ある日、寝て起きたら、昔からあった全身鏡が粉々に砕けていた。
割った記憶も無ければ、割れた音を聞いた覚えも無い。
確かに、自分で割ろうと思って周りの額を外して、鏡だけを生身の状態で立てかけてはいたけれど、いつのまに割れてしまったのだろう?
同じ空間にいたはずなのに、鏡の割れた理由が分からない。

複雑な心境の中、ガラスの破片にまみれながら反射されるまた別の事柄を整頓する。




本島


galleryARTE+瀬戸内アートウエーブが主催となって行われている、食とアートのプロジェクト 塩飽本島 晴れに耕す。そしてアート のレジデンス成果を見に本島まで行って来ました。
今回、レジデンス作家となった山田 健二 、松宮硝子、柴田智明を初め、
協賛アーティストの作品も展示してあります。
阿部安人、倉本秀彦、内田江美、佐伯霜、櫻井伸也、大木裕之、チバナオミ、彦坂尚嘉

詳しい内容はこちらからアクセス下さい。

2010/11/02

l'oeuf〜おいしいものはべつばら〜

先月末に開催された舞台”l’oeuf〜おいしいものはベツバラ〜”の講演が無事終了しました。

サンポート高松で行われたこの舞台は港大尋さんと青木尚哉さんがコラボレーションする舞台に出演したいダンサーを一般募集し、オーディション形式で出演者を選び、計12回のワークショップを通して作品を作り上げるという実験的なプロジェクトでした。
舞台の内容が見え始めた頃にはソプラノ歌手の高村聡子さんも加わり、さらに作品の世界が広がりました。本当に様々な人々の道の通過地点が重なり会い、少しずつで着上がった作品です。


事後報告ながら、今回、HANNAは衣装を担当させて頂きました。
洋服から離れて3年、まさかこんなにも早く、しかも自然に洋服に関わる仕事が出来るとは考えていなかったので、偶然の中の必然を感じています。

今回は作品の持つ世界を代表する役割を担っていたので、 何処 まで 何 がどう 出来るかを日々考えながら取り組ませて頂きました。舞台衣装の専門でないからこそ、出来る事を考え、踊っているダンサーが心地よい衣装、又はダンサーがより輝く衣装を目指しました。メンバー全員の個性や希望を引き出し、提案できていれば光栄です。
また、反省点も多く、舞台衣装ならではの難しさや定義が把握しきれずにまだまだ舞台衣装としての未熟さも痛感いたしました。


この場を借りて今回お世話になった、港さん、青木さん、高村さん、ならびに受講生の皆さん、スタッフの皆さん、その他ご来場頂いた全ての方にお礼申し上げます。
この舞台に関わった全ての方にとって実りのある通過点になって行く事を願っています。

ありがとうございました。

2010/10/22

青木尚哉×港大尋の舞台

瀬戸内国際芸術祭関連イベントです。

コンテンポラリーダンスのダンサーとマルミュージシャンの作品
『l'oeuf 〜おいしいものはべつばら〜』の開演が今月末に迫って来ています。
詳しい詳細は以下にリンクしておきます。



様々な世界の痕跡が大変面白い舞台となっております。
今からとても楽しみです。

2010/10/20

豊島



藤さんにお会いする事が出来ました。
続 も楽しみです!

2010/10/11

the end of the world

さんざん、迷って、メディアを使います。

着地点を強行して見つけた方の話しを今日聞きました。
手段の選び方次第で 他者の未来を変える様な力を持つ行為。

28歳の着地点。

受け止めれるだけ受け止めたいと素直におもった。

おめでとう。 そして

友人の結婚をお祝いするべく、東京まで行って来ました。
久しぶりの再会。
話したい事が滝の様に溢れて、止らない。

どうかどうか祈る様なき気持ち。
「おめでとう」で言い表せない気持ち。

また、近いうちに会おうね。
今度は岡山かな?

2010/09/26

有機と無機

ここ最近、改めてイメージの連鎖を否定しているような気がしている。
潜在的な、混在的なイメージを持った物質が重く感じている。
物質や個体の持つ、固定概念や意識が邪魔に思えて仕方ない。

そんななか、今日は新鮮な感覚があった。
それは、有機物質と無機物質が触れ合うと言う事。

身体とはなんて率直なんだろう。
視覚的にも聴覚的にも、その他どれだけ感覚的に他人によりそっても、決して融合しない物質が身体をバイタイとして、ほんのささいなきっかけで、その身体を融合できるなんて。

人間が動く行為の根源には、すくなからず予測が含まれていると思う。
例えば、口に水を含んだまま、あくびをする人はすくないだろう。

目に見える絵や色が精神や意識を共有する間接的行為を 無機物質 であるとするならば、直接、他者と触れ合い、関わりを共有する直接的行為は 有機物質 になるのだろうか?

普段、直接共有しない私には、とても新鮮に思えた。


2010/09/19

「ミュージアムの・もうひとつ」

Takamatsu Contemporary Art Annual Vol.01"Another Carnival"


初日のテープカットも無事終わり、関係者がぞくぞくと高松市美術館に集まってきています。

オープニングに行われた様々なイベントもお腹いっぱいな内容でした。
青木陵子さんと猪瀬直哉さんのトークショー、石田尚志さんのパフォーマンス実験、ゲストトークどれも聞きごたえのある内容でした。

作家本人の話しを聞くと、急に作品との距離が近くなったような気分にさせられます。
青木さん、猪瀬さんお二人作品に見え隠れするちょっとしたアイディアや制作姿勢を垣間みれた気がしました。
また、石田さんの映像パフォーマンスは映像、音といったメディアをいかに芸術というフィールドまで引っ張り上げるか、そんな石田ワールドの入口まで案内してくれる内容となっていました。改めて、身体的な表現がダイレクトに心に届く事を実感させられました。

最後に、ゲストとして来られた浅井俊祐氏(水戸芸術館現代美術センター芸術監督/本展アドバイザー)と林洋子氏(京都造形芸術大学准教授/本展アドバイザー)の二人による「ミュージアムの・もうひとつ」というトークにも参加できました。
まず、浅氏の美術館運営において、いかにして、モノを求めた美術館から、コトを求める美術感へいかに変わっていったかというお話から、林氏の歴史史から、「生きた美術館」を求めて、についてのお話が聞けました。
美術界における今後の課題を客観的に聞ける貴重な場となりました。

感想としては、まず、現代に先攻している現代美術の流れが私達(現代人)が仮においている美術、もしくは現代美術(コンテンポラリーアート)と呼ばれるカテゴリーと歴史的現代美術とは違う美術と言うことを定義づけられる様な内容だった。

認識としては、現代美術と読んでいた"アート"とは違う"アート"が今というこの瞬間に闊歩し、満ちきった結果、まさに"アート"の撹乱が起きている。

それを分かりやすく例えて「取っ付きやすくなったアート」と呼んでいたのだろう。
それとも、「街場」(街起こしや環境問題、社会情勢と絡んだアート)と呼んでいただろうか。未だ言葉すらない気配に「言葉」で求めた内容でした。

決定結論が近い将来見えれば、美術界全体の発展に繋がる定義なのでしょうね。
しかし、それこそが、作家や美術界全体が作り上げる副産物なのだろう。

また、美術館のあり方や、タイプについての議論で、古典派とホワイトキューブ派と地域巻き込み派を例に出しておられました。

私の様に、ヨーロッパ文化のバファエロやミケランジェロやピカソやクリムトを美術館で見て、それを芸術として認識し、ウォーフォルやタルコフスキーを異端児(仮)と認識してきた人間にはやや外れた感のある、ホワイトキューブがどうで、古典的展示会場がどうでという議論までてんこもりでした。

そう、最近、よく耳にする、「現代美術の作家はホワイトキューブと戦ってる。」とか、「ホワイトキューブを好むか」とか、「ホワイトキューブを嫌がる」という話し。

私は、展示場所として、ホワイトキューブを懸念したりしない。
しかし、好みもしない。それは、私の美術史が、ルーブルやオルセー、または、西洋の歴史的教会から始まっているからだろう。

いままでの、カビ臭い、古くさい。または、新鮮。。。。。。
な美術館から、"生きた美術館"が年月を経て生み出されて行くのだろう。
考察はつづく


2010/09/15

Takamatu Contemporary ART Annual Vol.01

Takamatu Contemporary ART Annual Vol.01

興味深い内容です。
現代アートの見せる多様性、他 の バイタイ と 会わせた作品。

納められたアート。
空間支配。

溢れ出すのは 何 か?